海人族とは、縄文から弥生時代にかけて、南方よりやってきた渡来人で、
日本に米作り・塩づくり・漁ろう・航海術などを伝えたとされる人たちです。

淡路島には、明石海峡周辺(淡路島北部)を支配していた野島海人族(のじまあまぞく)と、
鳴門海峡周辺(淡路島南部)を支配していた御原海人族(みはらあまぞく)がいました。

特に伊毘の海人族は、日本一潮の流れの速い鳴門海峡で生活していたため、
航海術にすぐれていたといわれています。また、塩づくり、土器作り、漁ろうなども得意であったと思われます。

沖の島の舟形古墳からも、製塩土器・軽石でできた浮き・鉄製の釣り針・イイダコつぼなどの漁具が多く出土しています。
(昭和35年に、発掘調査が行われました。)

平成二年には、地元伊毘地区の人々によって、海人族の鎮魂碑(ちんこんひ)が建立され、
地元の考古学に詳しい岡本 稔(みのる)先生の指導により、竪穴式住居づくり、製塩土器づくり、
海水を煮詰めた塩づくり、赤米(古代米)づくりなどを行い、「体験考古学」を実践しました。